環境VS本質

年末にこんな事がありました。お母さんと小学生の息子さんと第九のコンサートに行ったというエピソードです。お母さんは素晴らしいコンサートだったと感激していました。息子さんの方は寝ちゃって起きたらコンサートは終わっていたそうです。この事に関してどう思うでしょうか。ほぼコンサートを聴いていない息子さんはお家にいた方がよかったのでしょうか。コンサートに行っても寝てしまうかしれないので再度行く意味はないのでしょうか?本人の興味が無いからもっと興味のある事をした方が良いのではないか?私はこう思います。子供の興味、趣味、好み、好奇心には変化が多く、クラシック音楽を教育的観点から観れば、環境的要因が殆どだと思います。コンサートに足を運んだ事、そしてこれからもコンサートに足を運ぶ事で、将来この子の趣味や興味がクラシック音楽になる事は間違い無いと言えます。


楽しく楽器を学び、好きな音楽を弾く、好きな曲を弾く為に練習をしてその達成感を得る事はとても大切な事です。しかし音楽は芸術です。楽器を弾くという事は芸術の世界に足を踏み入れる事です。楽器を学ぶ事に必要な要素とは、音楽の基礎、技術、想像力、そして努力です。音楽の基礎の中には技術的な要素、音やリズムのシステム(楽譜の読み方、読解力)が含まれ、最初はここに焦点が当たります。

私が教え、自分で演奏するに当たって一番難しいと思うのは、この全てのバランスです。

人それぞれ個性があり、天才でない限り苦手な部分は避けようとするでしょう。そこで

自分の弱い所に焦点を当てて努力が出来るという事は想像力を駆使しなければ続かない事かもしれません。その想像力の引き出しの一部は知識と経験です。引き出しが多ければ多いほど自分の本質へと近付く事が出来るのかもしれません。



18回の閲覧0件のコメント